【麒麟がくる(最終回)】伏線回収が凄かった!

第8話「同盟のゆくえ」帰蝶のセリフを覚えていますか?
大河ドラマの粋な趣向。

「軍師官兵衛」「おんな主 直虎」「西郷どん」「真田丸」最終回も涙のワケ桑田真似解説

【ナレーション】

はい。歴史ファンの桑田真似です。

昨日「麒麟がくる」の最終回がありまして、さっそく「麒麟がくる」ロスに襲われている方が続出しているそーですね。

僕も、今ロスに苛まれており、思わずこの動画を作った次第なのです。

毎回大河ドラマ見てて思うのですが、結末は分かっているけど、最後が儚いことが多くて、最終回見た後、いつも涙が止まらなく、一人で泣いています。

「軍師官兵衛」の時も、「女城主直虎」「西郷どん」「真田丸」も毎回切なかったですね。

そして今回の「麒麟がくる」は過去一番悲しかったです。

とゆーのも、昨年は沢尻さんの事件、コロナ、台風、岡村さんの影響で放送が中断されたり、キャスティングに代打が送られたり、降板しそうになったりと

波乱が多すぎな中、最後までよくやってもらえたなと思う気持ちと、本願寺、丹波平定あたりの話が非常に端折られてしまっていて、「もっと見たかった」と

いう気持ちがあり、たしかに本能寺の変はビッグイベントなんだけど、そこで終わらず「山崎の戦い」までやって欲しかったところがありました。

野球でよく「今日が天王山」という表現があったりしますが、これは山崎の合戦で地形的に有利な「天王山」を秀吉軍がとった事で、天下の行方が変わった事から

野球で「勝負の分かれ目」となる節目の試合で使われているんですよね。

ドラマの最後に少しだけ触れてましたが、あの戦場にいたるまでの11日間の細川藤孝とか筒井順慶とかとのやりとりとか非常に興味あったんですけどね。。

まぁそこまでマニアックすぎでしょうけどね。。

そこ端折ってもう終わっちゃうの?といった感が強すぎでショックだったのもあります。

まぁそんな中、昨日の最終回で僕が注目していたセリフがあったんですね。それがこちら

「十兵衛、そなたが。。であれば 是非もなし」

一般的には「是非もなし」と本能寺で信長が言ったと言われているのですが、それは誰が聞いたのか、それも興味があるところなのですが、

それは置いておいて、今回の信長というキャラクターは、迷ったら帰朝や明智十兵衛に相談するといった、どこか弱い一面を持った人間という、今までのような

覇王キャラと違った描き方をしていたので、このセリフがどうアレンジされるのかな。と注目していた訳なんですよね。で、結局は「是非もなし」の部分はそのままでしたね。

これは残念とかいう話ではなく、「なるほど、そーしましたか。」と納得でした。

そして、更に第8話にその伏線も撒かれていたんですよね。

帰朝が信長に嫁ぐのをもの凄い嫌がっている中、十兵衛に「尾張にお行きなされませ」という言葉に対して、帰朝は

「十兵衛が申すのじゃ、是非もなかろう。」

と言ってたんですよね。

この時に僕は既に心掴まれていて、本能寺での信長のセリフはどうなるんだろう。という興味でいっぱいでした。

「西郷どん」の時は、過去に「跳ぶがごとく」で西郷隆盛を演じていた西田敏行さんが、ナレーションをやられて、毎回ドラマの最後に「今宵はここらでよかろうかい」と

締めていたんですよね。これも西南戦争の最後の西郷さんのセリフに通じるわけで、しかも過去の西郷さんが今の西郷さんに「ちばれー」とか「チェスト〜」とか鼓舞する

セリフも投げかけていたりして、これも面白かったですね。これは恐らく作家さんの台本ではなく、西田さんがアドリブで入れたたんだろうな。と個人的に思ってました。

大河ドラマではこういった伏線が散りばめられていて、そのあたりも考えると非常によくできた作品だなと毎回思わせてもらえます。

で、話は戻りまして今回再度「是非もなし」という言葉の意味を調べてみました。

「是非」というのは「是正」の是つまり「正しい」とか「良い」という意味なんですよね。そして「非」は「あらず」とも読める通り、その逆で「正しくない」「悪い」と

いう意味なんですよね。つまり「是非もなし」というのは「良かろう悪かろうという話ではなく、仕方がないことだ。」という意味なんですよね。

日常生活では「是非とも」という言い方が今では一般的な用例ですが、これは「良かれ悪かれあろうとも」という解釈をすると、個人的にはすっと理解できました。

非常に深い言葉だなと思いました。

そういった伏線も楽しめた「麒麟がくる」まだまだ伏線が見つかるかもしれないと思い、貯めた全44回を今思わず見直してしまっているのですが、まぁそれも「是非もない」ことですよね。

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